医師不足の経済学

  • 米山 隆一
  • at 2006/10/15 22:43:38

 現在地方の医師不足が深刻な問題となっています。私の住む新潟5区、なかんずく魚沼市では、医師・医療機関の集約化を目指した「魚沼基幹病院」の建設と、既存の地方の県立病院の存続問題が大きくクローズアップされており、この問題はまさに喫緊の課題であるといえます。私は、現在の地方の医師不足問題の本質は、日本の医療が、「経済学」をあまりに無視してきてしまったことにあると思います。

 「経済学」と言っても私は、「国民医療費」とか、「医師の年収」とかを考えるべきだと言いたいのではありません。私は経済学とは、「社会のある一つのファクターが変化すると、別のファクターが変化する。この社会のファクター相互間の影響を考えて、総合的な動きを考える」学問だと思っています。医療問題においてもこの「相互作用」を無視すべきでないと、私は思います。

 かつて「3時間待ちの3分診療」と言うことが言われました。自分の病状をしっかり理解してもらおうと思ったら、確かに「3分」は短くて、常識的には10分程度の診療は必須だと思います。しかし、考えてみると3分診療から10分診療に移行するためには、医師の数を3倍に増やすか、医師の労働時間を3倍に増やすかする必要があります。

 又昨今医療過誤の問題が大きく取り上げられています。確かに医療過誤は、減らさなければなりません。しかし、人間に一定のミスはつき物です。成功率を8割から9割に増やす為には、相当の努力が必要です。真剣にミスを減らそうと思ったら、医師一人の受け持ちを減らすなり、一人の患者さんを複数の医師がダブルチェックするなりする事が必要になるでしょう。又、未熟な医師−研修医が臨床を行うとミスの確率が増えますから、研修医は研修に専念させて、実質的な臨床は行わせないことも必要になります。これが望ましいことに異論はありませんが、それまで臨床の戦力として使われていた研修医が使えなくなるなら、その穴埋めは誰かがしなければなりません。結局のところ、医療過誤を減らす為にも、医師の数を増やすか医師の労働時間を増やすかすることが必須になります。

 誤解を恐れずに率直に言うと、私は、日本の医療はこれまで、こういった問題のほとんど全てに対して、「医者だから頑張らなければならない」という「医師の倫理」の一点に解決法を委ねて、それが及ぼす影響を考えてこなかったと、思っています(私は医師ですので、どうしても医師よりの意見になりますが、その点は割り引いてください)。

 この「医師の倫理」による解決法は、確かにあるところまでは、機能しました。しかしその結果不可避的に医師の労働時間は、伸びました。人事権をもつ大学病院は、この伸びる労働需要に対処する為に、それまで関連病院に派遣していた医師を引き上げました。それが関連病院の労働時間を更に延長させることになりました。医師の絶対数の多い都会の病院ではそれでも何とか融通が利きましたが、絶対数の少ない地方の病院では、勤務条件は、非常識と言って良いほどに悪化しました。そしてそれは、勤務医の「開業」と言う名の退職と、地方の病院の新規の求人難を招きました。これが現在の地方の医師不足の大きな原因の一つであると、私は思います(勿論、「医師の専門医志向」やもっと俗に「都会志向」もこの他の原因だと思います)。

 これに対する対処方法は、「地方勤務の義務化」や「診療報酬による誘導」を含め、複数考えられます。その詳細はこのブログの範囲を超えますので省略しますが、その何れ行うにせよ、以下の2点を念頭において検討すべきであると私は思います。

1. 現在国民は、高度で快適な医療を望んでいます。この国民の望む高度で快適な医療を現在と同じコストで実現することは、現実的にほぼ不可能です。コストを払ってより良い医療を実現するのか、コストを抑えて現在の医療を維持するのか、選択が迫られています。

2. もしコストを払うことにしたなら、そのコストは、誰かが、何らかの形で負担しなければなりません。健康保険料に依存するなら、保健料の増加は避けられませんし、税金を投入するなら、増税するか、他の用途の税金を割り振るかする必要があります。その際には、所得別の負担等「誰から」も、より詳細な議論の対象になるでしょう。いずれにせよ「医師の倫理」のみにコストの負担を委ねるやり方では、今回のような破綻が何らかの形で、いつか訪れます。

 「高度で安全で快適な医療」を誰もが受けられる状態、それが望ましいことに、誰もが異論はありません。私自身是非それを実現したいと思っています。しかし何事も、コスト無しでは、実現しません。何を削り、何を得るのか、現実的な選択肢を提示し、議論を深めることが、政治の責任であると私は思います。


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コメント

始めまして。いつもブログを楽しく読ませていただいています。 僕は医学生なのですが、医療過誤のニュースを見るたびに 正直言うと不安な気持ちになります。 「何故」このような悲しいことが起きるのかを 精神論、倫理観などの話だけではなく、もう一歩踏み込んで 経済学などを含めた全体的な理解を皆でしていけば良いのだと 思いますが、どうしてもパブリックと医療従事者の間には認識の 違いがあるようです。。お互いに歩み寄れば良いのですがなかなか 難しいですよね。。 先生のように、この様な問題を医学の面だけではなく経済や政治など 色々な視点から見ることが出来る人は今の日本には必要だと思います。 政治の世界で活躍できるよう陰ながら応援してます。

  • Posted by しょうた
  • at 2006/10/17 21:36:19

しょうたさん、コメント有難う御座います。  ご指摘の通り、医療過誤については、多くの場合医師の側からの意見と患者さんからの意見が真っ向から対立します。患者さんの立場からしたら、医療過誤若しくは医療ミスは確かに減らさなければなりません。しかし、「減らす」ことは出来ても「無くす」ことは不可能だと言う科学的事実が、議論の前提であるべきだと私は思います。又、本当に医療過誤を減らしたいなら、コストを伴った経済的に妥当な方策を打つ必要がありまし、「起こってしまった医療事故」を適切に処理するには法律的な枠組みの整備も必要でしょう。政治家は、それらの問題を提起し、解決の対策を提示する責任があると、私は思います。  医療問題に限ったことではなく、現実の問題を処理するには、ほとんど常に、多面的な解決が必要になります。微力ながらその一助となれればと思います。

はじめまして。医療ミスに関わるコストを調べておりましたら、こちらにたどり着きました。とはいいましても、昨年より海外で勉強をされている日本人の医療従事者の方々(もしかしたら米山さんの後輩にあたる方達かもしれません)とご縁があり、この頃やっと医療について勉強をし始めた非医療従事の者です。今、国内の若手医療従事者のブログなどでは、政府やマスコミだけでなく国民にも怒りの矛先が向けられている感じがして、歩み寄りたくても出来ない雰囲気になっており、どうしてよいものか途方にくれいるひとりです。このような転換期にこそ、米山さん達のような広い視野に立った見識と先見性を備えた若手政治家の方々が派閥や学閥を超え問題解決に取り組んでくださることと信じております。もちろんその時には微力ではありますが、精一杯応援させていただく覚悟でおりますのでご安心くださいませ。
  (このページにTBをさせていただきましたことをご承知おきください)
         Blog with coffee営業中 owner

  • Posted by OCO
  • at 2008/03/01 00:43:38

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