「クレジットカードは信書(手紙)か否か?」、そんな論争がつい5年ほど前に大まじめに交わされていたことを皆さん覚えているでしょうか?郵便法5条で郵便局に(現「日本郵便」)よる「信書配達業務」の独占が定められていたのですが、郵政省は、「クレジットカードはクレジット会社が顧客に書いた信書である」と主張して、民間業者によるクレジットカードの宅配を、否定していました。それが小泉首相の「そんなばかげた主張は、私が首相の間はさせない」という宣言の後、総務省は、「信書の定義に関する政府の考え方」という文書で「クレジットカードは信書ではない」と解釈を変更し、現在クレジットカードは日本郵便を初め宅配各社で配達されています。
私は今、「郵政民営化」の是非を問うつもりも、「規制緩和の是非」を問うつもりもありません。しかし、国家による郵便事業の独占が正しいと考えるなら、堂々と「郵便事業の収益確保のためにクレジットカードの配達も国家が独占すべきである」と言う論陣を張るべきだったとは思います。「クレジットカードは、銀行が受取人に対して意思を表明したものだから信書である」というような、誰が聞いても「こじつけ」としか感じられない屁理屈をこねるのは、言葉が命のはずの政治にとって自殺行為でした。強引な理屈付けは責任回避の裏返しであることを、国民は見透かしていました。郵政選挙による自民党の大勝は、郵政民営化という政策が良かったからではなく、小泉首相の言葉が、反対派の不可解な理屈よりも明らかに明快だったからだと、私は思います。
道路特定財源を巡る論戦が国会で繰り広げられています。今後の日本の方向を占うこの法案が、明快な言葉で、責任を持って議論されることを、与党の一人として、そして何より国民の一人として、心より願います
私は郵貯がハゲタカに持っていかれるのではないかと不安です。
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