先日原発事故調査委員会から、「福島原発の事故は人災だ」とする調査報告書が提出されました。委員長を務めらえた黒川先生は元東大第一内科の教授で、私が学生だったとき、アメリカ帰りの新進気鋭の先生として着任されました。先生の授業は今はやりの「サンデル教授の白熱教室」的に生徒に次々と意見を述べさせるもので、記憶主体の医学部の授業の中で、強い衝撃を受けたことを覚えています。
さてその黒川先生委員長の「原発事故は人災だ」とする報告書に、私は僭越ながら、「よく言ってくださりました」と申し上げたいと思います。前回の記事でも一部書きましたが、原発事故は明らかに人災です。あの規模の地震があっても津波があっても、電源喪失せず、よってメルトダウンも起こらない仕組みは、調べてみると、以前から議論され、かつ実現可能な状態になっていました。それを怠ったのは、第一には東京電力の責任であり、第二には自民党を含む歴代政府の責任であり、第三には「原子力は絶対安全」と唱えていた推進派と、「原子力は今すぐ廃止しなければならない絶対に危険なものである」と唱えていた反対派の、共同責任であると、私は考えます。
技術は、人間が生み出したものです。「絶対安全」な技術など、どこにもありません。包丁で怪我をし、マッチ一つで街が火の海に包まれる危険は、常にあります。しかし同時に、「絶対に危険な技術」などというものも、存在しません。誰かが包丁の背を丸くすることに気付いたことで、包丁で指にけがをする人はぐっと減ったでしょう。さまざまな耐火施設や消火設備の普及で、火が街全体に燃え広がる可能性は、もはや無いといってもいいくらいです。
「原発事故が人災」であるということは、原因を精査しそれに対して適切な対策を打つことで、同じ事故が再び起こる確率を、大きく減じる手段があることを、意味します。
多くの人の意見とは食い違うかもしれませんが、私は繰り返し述べたいと思います。原発事故は人災です。しかしだからこそ、その発生は、私たちの努力で、減じることができます。一方で、石油資源の枯渇は、天の与えた限界とでもいうべきものです。石油を使い続ける限り、石油がこの世から消滅する日は、必ず来ます。その時、資源のない日本で、安定して一定量のエネルギーを供給する手段は、現時点では原子力しかありません。
近いうちに、避けがたく訪れる石油枯渇というリスクに目をつむり、1000年に一度の割合でしか訪れず、しかも努力次第でさまざまな対処法があるリスクを恐れて、日本が世界に誇る数少ない技術、明日の日本にエネルギーを供給する数少ない手段を失うことは、私は日本の自殺行為に他ならないと思います。
政治には、ぜひ黒川先生・サンデル教授ばりの活発な真摯な議論で国民的合意を形成し、あるべき方向に、日本をリードしていっていただきたいと思います。
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