中国が日本海に敷設した16基のガス田施設を政府が公表し,安倍総理も国会で安保法制のターゲットが中国(及び北朝鮮)であることを公言し,中国脅威論が高まっています。
南シナ海の強引な埋め立てが示す通り,近年中国は力を背景とした膨張政策を続けており,その対策が喫緊の課題であることは論を待ちません。しかしその「中国の脅威」の中身を冷静に見てみると,我々が突きつけられているのは,思われているほど単純な図式ではないように,私には思えます。
南沙諸島での中国の動きはかなり暴力的ですが,領有権の歴史をひも解いてみると,1945年の終戦までここを領有していた日本が,サンフランシスコ平和条約で領有権を放棄したものの,次の帰属が示されていなかったことを問題の発端として,フランス(すでに撤退),台湾(中華民国),ベトナム,フィリピン,マレーシアが領有権を争っており,いわば「国境線の空白」という状況が発生していたことが問題の根本にあるように思います。
無論中国の行動は正当化されませんが,彼らの視点に立ってみれば,「歴史的に中国のものであるうえ(少なくとも領有の歴史はあり),現在誰のものでもないものは早いもの勝ちじゃないか。その権利を行使しただけで,侵略には当たらない。」と考え,それを「核心的利益」の確保のための当然の行為と表現しているのだと思われます。
ガス田は更に微妙で,中国は間違いなく意識的に,EEZ(排他的経済水域)の日中中間線の中国側にこれを建設しています。EEZ内の資源開発は国際的に認められており,それ自体は問題のある行為ではありません。勿論ガス田は地下でつながっている可能性があり(髙く),日本側の資源が中国側で採取されている可能性はある(髙い)のですが,そもそもこの日本海ガス田は,埋蔵量が小さく,採掘も困難で,現下の経済状況における通常の経済活動で採算のとれるものではなく,日本企業で本気で開発しようというところはありません。すると中国側としては,「そちらが採掘する気がないなら,こちらでやって何が問題なのか?」となってしまいます。勿論既に指摘されている通り,中国の本当の目的がガス田に名を借りた軍事施設の建設である可能性は決して低くないのですが,ガス田は(理屈上他国からの攻撃の可能性のある)公海上に(一応正当な権利のもとに)建設された中国の施設ですので,他国からの攻撃に対する自衛のための設備を置くことそれ自体を問題にすることも困難です。では日本も同等の施設を作ればよいと思われるかもしれませんが,日本海のど真ん中にこのような施設を作るのは,防衛施設としてすら極めて高価であり,かつ普通に考えてその効果は限定的で(当たり前ですが,ガス田は移動できず,武力衝突が起こったら恰好の攻撃目標になります。どう考えても移動できるイージス艦や潜水艦,哨戒機を買った方が防衛目的としてもはるかに効率的です。),中国がこのような施設を作りうるのは,採算性も国民世論も無視できる一党独裁体制であり,かつ,鈍化したとはいえなお続く経済成長を背景に,潤沢な資金をつぎ込めるからに外なりません。
結局中国は,「EEZ内の資源開発は,各国の主権のもとに行える。」という国際ルールを破るのではなく,むしろそれを守りながら,ある種そのスキを突く形で,一党独裁と強大な経済力に基づいて,日本であれば,「採算が取れない。」「国民世論が許さない。」「財政的余裕がない。」という理由でやろうとすら思わないガス田(若しくは軍事施設)の建設を行ったのだと考えられます。
これらの事実を冷静に見たときに浮かび上がるのは,「中国の脅威」の中身は,一般に考えられているような「中国が国際ルールを守らない。」いう単純なものではなく,むしろ,「一党独裁という先進民主主義国家とは異なる意思決定機構を持った国が,国際ルールを破るのではなくむしろそのルールの中で,先進民主主義国家は到底やらない(若しくは考えていなかった)想定外のオプションを採用し,経済力・軍事力を背景に,それを実行してくる。」ことであろうと思われます。
つまり,「中国の脅威」は,中国の「ルール違反のプレー」によって国際秩序が破壊させられる危機というよりはむしろ,中国という異質で巨大なプレイヤーの「想定外のプレー」に国際秩序が対応できていない危機であるように,私には思えます。
ではその危機にどう対応すべきかですが,中国に限度を超えた横紙破りをやらせない軍事的抑止力を備える必要があることは,論を待ちません。
しかし,上述の通り,そもそも中国自体が,形の上では国際ルールは守っており,本当のところ軍事衝突を求めていない(と思われる)以上,軍事的抑止力は「万一の時のための備え」にすぎず,これを備えたからといって,中国の「想定外のプレー」を防ぐことはできません。
当然の帰結ですが,「想定外のプレー」を防ぐには,そういったプレーを選択するプレーヤーの登場を前提に,国際ルールを整備すること-南沙諸島であれば,領有権が不明確な土地の帰属についての解決方法の国際ルールを決定することであり,日本海ガス田であれば,EEZ内の施設建設のルールを決定すること-であろうと思われます。
そしてそのルールの順守を迫るには,あまりにひどいプレーをしたときに一発退場をさせる強制力を確保しておくことはもちろん重要ですが,そのような事態はそう高い頻度で発生するものではなく,むしろ頻発しうる「小さな違反」に対する,現実的で実効的なペナルティを設定することこそが,重要であると思われます。
では,現下の国際状況の下,どうやったら,中国(勿論その他の国にとっても)にとって最も効果的な「『小さな違反』に対する,現実的で実効的なペナルティ」を設定できるか,を考えると,それは軍事力の行使ではなく,「中国を国際的貿易秩序に組み込んだうえでの経済的ペナルティの設定」であると,私は思います。
今現在既に中国はWTOに加盟しており,言うまでもなく国際貿易秩序の中に組み込まれています。中国の脅威に対応するために行うべきことは,中国の排除ではなく,より一層国際秩序を進化させてその中に中国を組み込み,他の国も当然にその秩序の中で中国と競争し,その中であるプレーヤーがルール違反をしてペナルティを課せられたら-例えば懲罰的関税を設定されたら-他の国々に簡単にそのプレーヤーのシェアを奪われて損をしてしまい,ルールを順守することが最も得になる状況を作り上げることだろうと思います。
おりしもアメリカは,ガス田開発について,「特定の立場取らない」と発表しています。「世界のルール作り」という発想が極めて得意なアメリカはおそらく,中国に対する対処法として,一方で抑止力による封じ込めを打ち出しながら,一方で,新たな世界秩序への中国の組み込みを模索しているものと思われます。
集団的自衛権の議論の中で中国脅威論が勇ましく喧伝されていますが,いたずらに対立をあおり,軍事オプションを増やすことばかりに目を奪われていては,中国の「想定外のプレー」を止めることができないばかりか,場合によっては,中国脅威論を主導していたはずのアメリカに,はしごを外される事態にもなりかねません
繰り返し,必要な防衛力を必要な範囲で整備・確保しておくことが重要なのはもちろんですが,それと同時に,それ以上に,冷静な目でこの「異質なプレーヤー」を評価し,彼らと共存する世界秩序を作るための,経済的外交的努力を行うこともまた,ほかならぬ日本の未来のために極めて重要なことであると,私は思います。
相変わらず長文恐縮です。
確かに長文ですが、最後まで読ませる迫力がありました。ありがとうございました。
誤字と思われるものが「ひとつ」でしたら黙っているのですが、「ふたつ」のようですのでつい…。
パラグラフ10でしょうか。
「当前の帰結」とありますが、「当然」ですね。
その二つ下のパラグラフ、
「現実的で実行的なペナルティ」となっていますが、意味的には「現実的で実効的」でしょうか。
いつもちゃんと読んでいます、というメッセージでした。
川端健之さん,コメントありがとうございます。
誤字,訂正いたしました。恐縮です。
読んでいただけるのは,何よりうれしく励みになります。
結果に結びつくよう,頑張ります(笑)!
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